自分の人生を楽しむためにやめてきたこと5つ

人生のはなし
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10代から社会に出てひたすら仕事や人間関係に泣き笑いすることはたくさんありました。

学ぶこともあれば教えることもあり、楽しいこともあれば苦しいこともある。

それは20年経った今でも変わりはありませんが、今日まで人生を歩んできた中で次第に「自分の人生をより楽しむためにはどうすればいいか」ということに焦点を向けることが多くなった気がします。

自分の人生をしっかりと歩いて楽しむために、気付けばやめたこと・捨ててきたものがたくさんありました。

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人と比べること

人間はどうしても人と比べてしまう生き物なんだなぁと常々感じます。

あの人より自分の方が長けている、あの人より自分は劣っている。

そんな比較してしまう感情から優越感や劣等感、嫉妬心などさまざまな感情が出てきます。

 

昔の私はとても見栄っ張りで、少しでも「いいなぁ」と思われたいがためにちょっと背伸びをして失敗してきたこともしばしば。

思い出すだけで恥ずかしくなるような啖呵を切ったこともありました。

でも自分を大きく見せる背伸びって、結局、自分自身が疲れてしまうだけなんですよね。

 

ショボイくせに負けず嫌いな性格が災いして、敵もたくさん作ってきました。

イライラすることも無駄に多かった気もします。

でもある時からどうすれば楽に生きれるかを考えるようになり、いろんな本を読むようになったことで自己肯定感というものが出来てきたように思います。

 

結論から言うと『人と比べることはそもそも無意味』だということです。

人と比べたところで生活が変わることはありません。

「あの人を絶対追い越してやる!」という目標を持つのは良い事だと思いますが、比べてイライラしたり嫉妬したりするのは自分自身の成長に繋がるものは何一つないということです。

 

それに気付けてからよく聞く言葉の「人は人、自分は自分」このスタンスです。

どんなにショボくても鈍臭くてもそれが自分なのだからそれでいいと思う。

その意識付けひとつでずいぶん気持ちが楽になったような気がします。

無駄な付き合い

これは以前の記事でもチラッと書いたことがあることですが、きっかけは上辺だけの面倒な人付き合いをやめたかったことと自分時間の確保です。

人は決して一人では生きていけないものですが、だからといってわざわざ自分の時間を犠牲にしてまで人と付き合う必要はないと思いました。

 

付き合う人が多ければ多いほど気を使わなければいけない場面が多く無理して疲れたり、楽しい事ばかりでなく時には嫌なこともあってストレスも無駄に溜まる。

「ちょっとご飯でも行こうか」が重なると結構な出費にもつながります。

自分にとって何も生み出さない時間を“付き合いだから”という理由を並べて無駄遣いするくらいなら、自分のために時間とお金を大切に使いたいと思うようになりました。

 

今は誰かとご飯に行くとかほとんどなく、外食は半年以上行った記憶がありません。

自分時間が増えるとどうすれば自分が快適に暮らせていけるかという視野がグンと広がるうえに、何よりも他人と関わる時間も減るのでストレスも激減です。

私は一番リラックスできる一人で過ごす時間の快適さを知ってしまったので、この先も限られた人付き合いを続けていきます。

衝動買いなど無駄な買い物

私はミニマリストではないので極限まで物がないということはないのですが、極力、部屋の中の物は増やさないように心がけています。

日々のストレスの中の一つになっていたのが、『物が溢れてガチャガチャした部屋』。

たくさんの物があってホコリっぽい部屋は、仕事で疲れて帰っても全くくつろげません。

 

世間で『ミニマリスト』という言葉が流行り当時は部屋にまだたくさん物があった頃、私も過去にミニマリストを目指そうとしたことはありましたが、ちょっと違うなと感じたのでどちらかというとシンプリストへ方向転換しました。

物がなさすぎるのは確かに快適ですが、私は色んな服を着てオシャレも楽しみたいので我慢を強いられる可能性のあるミニマリストへの転身は却下でした。

 

シンプルを心がけて生活していくうちに、今まで自分がどれだけ無駄な物に囲まれて生活をしてきたのだろうと思い知らされました。

先日、合計70キロもあるゴミを一気に捨てた時は本当に快感でした。

あのゴミたちを笑顔で引き取ってくれたゴミ処理場のお兄さんたちが輝いて見えました。笑

 

一つ買ったら一つ捨てる・・・ではありませんが、欲しい物をお店で見つけた時は「今、これは必要なのか?」と考えることは必ずします。

我慢はしませんが熟考はします。

無駄な物はいらない、本当に必要なものが最低限あればいい。

この習慣は大事にしたいですね。

ただオシャレは楽しみたいので服が制服化していることはありませんが、持っている服の数はそんなに多くないです。

一つのチェストに春夏秋冬の服がきっちり収まっています。

ここから溢れそうになるほど買う気はないし、溢れる前に少なくとも1年間袖を通さなかった服は全て処分です。

チェストのバランスを崩してまで所有しようとは思いません。

物事の先延ばし

『出来る人はすぐに行動する』という言葉をよく耳にしますが、まさにその通りだと思います。

かといって出来る人になりたいというわけではなく、先延ばしって何だか気持ち的にモヤモヤしてしまいます。

嫌なことほど先延ばしにせずサッと終わらせたい。

 

かつての私はダラダラした自分に甘い人間だったので、今思えば呆れるほど先延ばしばかりしてあとで大きなツケが回ってくる・・・なんてことは多々ありました。

仕事はきっちりするのに、なぜかプライベートは怠けがち。

友達と遊ぶ約束を「また今度ね。また今度ね」って色んな友達にいうものだから、その「また今度ね」の時期が被って毎週誰かと出かけなければ追いつかないスケジュールになってしまったり。

「あ~、通販の支払いしにコンビニに行かないとな。めんどくさいな」と先延ばしにして、支払期日当日の夜に大慌てでコンビニに駆け込んだり。

 

例えば部屋の掃除をこの調子で先延ばししていたらどうでしょう。

もう寝ることもままならない汚部屋が出来上がるのに時間はそうかからないと思います。

食後の片付けも同じで、食べた後は動きたくないものですが先延ばしにすればお皿の汚れが落ちにくくなる一方で、片付けるのがもっと億劫になりますよね。

 

とまぁ、そんなこんなで色んなことに対しての先延ばしはもう気分的に気持ち悪いのでやめました。

めんどくさくても3秒数えてすぐ動く。

人間はやりたくない時には出来ない・やらない理由をめんどくさいと感じたその瞬間から考え始めるそうです。

なので考え始める隙を与えず、まず3秒数えて動く。

これを徹底することで自分の行動力と効率は大幅にアップします。

人や物への執着

執着という言葉はあまり好きではありません。

この「執着」ひとつでかなりの時間とお金の無駄遣いをしました。

 

物に対する執着はいつまで経っても捨てられない・同じものを何個も買って集めてしまうなど、「結局それを持っててどうなるの?」という結末しかありませんでした。

コレクションを趣味にしている人はそのコレクションに対して執着ではなく幸せを持っているので問題はありませんが、一時の流行などに感化されて手に入れた人は「これにはあの時の思い出が詰まっている」など所有する言い訳を練り出します。

その流行のために買いに走った時間とお金は戻って来ないばかりか、昔の物に執着するといろんな意味で新しい物が入ってくることもありません。

 

人に対する執着も同じことで、例えばいつまでも別れた恋人のことを忘れられずにズルズルと引きずっていても、その間は絶対に幸せにはなれない=新しい出会いはないです。

さらに執着は周りが見えなくなって、そのうち恨みや妬みにもなったりします。

過去の私も執着を経験した身ですが、ひたすらしんどい数年があっただけで何も残っていません。

今思えば一体何が楽しかったんだろうと笑い話です。

 

そんな執着によって自分の自由が奪われていることに気付いた時、スパッと切り離すことを私は覚えました。

そうすることで今まで見ようとしなかった違う世界がたくさん見えてきました。

結局、執着とは時間とお金と精神の無駄遣いだったということです。

どうせなら毎日楽しく生きていきたいですよね。

さいごに

40年という人生の中でたくさんの経験をしてきましたが、色んな気付きがあり今日に至ります。

まだまだこれからもたくさんの気付きを見つけてやめることや捨てることが出てくると思いますが、自分の自由と有意義な人生を手に入れるためにやめてきたことは正解だったと思います。

 

自分の力で人生を楽しむ。

そのためには何が必要か、何が要らないか一度振り返ってみるのもたまには良いものです。

限りなくストレスを溜めないために余計なものは排除して、自分の人生は自分らしく生きたいものですね。

自分がどうすれば楽しく生きれるか考えて行動すると、人生はもっと有意義なものになると思いますよ。

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